Working holiday Life with Chocolate

おいしいもの、やさしいもの、たのしいことを求めて!オーストラリアワーホリのきろく

【帰国】ワーホリを終了し日本へ。

みなさん、こんにちは!

オーストラリアでワーホリをしていたSakikaです。

最後にブログを更新してから半年が経っていました…

半年って長いようであっという間ですね…!

 

(完全に言い訳ですが、この間に実はメルボルンからタスマニアに移動してファーム生活をしていました。タスマニアではバッパーに滞在していたので、ほぼ自分の時間をとることができなかったのです。。。)

 

 

タイトルの通り、2020年3月28日に帰国しました!!!

 

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まだ更新できていないメルボルンでの生活とタスマニアでの生活についても、ワーホリ生活の記録として順番に更新していきたいのですが、まずは帰国報告のブログを書きたいと思います。

 

 

 

なぜ帰国したか

 

新型コロナウイルスの影響でオーストラリアでの生活に不安を感じたため

 

 

私が滞在していたタスマニアはオーストラリアの本土から離れた島、しかもデボンポートというタスマニアの第3の都市だったので、都会ほどは人が集まる場所は少なく、コロナの影響を感じ始めたのが3月中旬以降に入ってからでした。

 

正直、帰国するかしないかとても迷いました。

ある日は「日本に帰る!」

翌日は「やっぱりタスマニアに残る!!」

その翌日は「やっぱり日本に帰る!!!」

 

…と日々政府から更新される情報によって自分の気持ちも変化し、決めきれない日が続いていました。

短時間で大きな決断をしないという状況でしたが、このままでは3月が終わってしまう…ということで大きくわけて3つのことを理由に帰国を決めました。

 

VISAの問題

私がワーホリを始めたのは、2019年6月3日。

2020年5月末頃まではオーストラリアに滞在する予定でした。

(ワーホリを始めた当初は3月で帰国する予定でしたが、いろいろありVISAが切れるぎりぎりまで滞在をすることに変更したところでした…)

 

コロナの影響で日本へのフライトが4月から大幅に減便されることを受け、3月中に帰国しないと次いつ帰国できるか分からなのではないだろうかと思いました。

実際に2020年4月、5月は減便されていましたが、一応帰国できるフライトはあったようで、この間に帰国していた友達もたくさんいました。

 

このままタスマニアに残って、ファクトリーの仕事を続けることができたらセカンドVISAを申請できるが、コロナの影響でファクトリーが稼働できなくなってしまう可能性もゼロではなく、もし働けなくなってしまいVISAが切れてしまったら…と精神的不安を抱え続ける生活を送りたくないのと、領事館からも帰国を強く進めるメールが何度も送られてきていたため、すぐには収まらない世界的に大きな影響が出ている状況といことを判断しました。

 

住居の問題

私はタスマニアではシェアハウスではなくバックパッカーズに滞在していました。

3月23日、同じバッパーの友達から仕事中に

「明日中(3月24日)にバッパーに住んでいる全員が退去しないといけなくなった」

という連絡がありました…!!!

 

「明日!?全員!?!?誰かの悪ふざけでしょ。」

と思い帰宅したところ、レセプションの入り口は鍵がかかっていて入れず、こんな張り紙が…

 

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レセプションへの入り口も鍵がかかっていてスタッフからの説明も聞けない状況でした。

 

その理由は、私が滞在していたバッパーの1階がアイリッシュパブになっていて、そのパブがコロナの影響で政府より休業指定が入ってしまったとのこと。パブが営業できないと従業員も働くことができないので、翌日の夕方までに私たちも全員強制退去ということになってしいました。(こちらについては改めて記事にしたいと思います。)

 

私が住んでいたタスマニア デボンポートのあたりはアコモデーションも少なく、私たちのようなワーホリメーカーが滞在できるような安いアコモデーションはあと2つしか残っておらず、そこもコロナの影響で受け入れ制限を始めていたり、まだ仕事が多くある季節だったのでシェアハウスも埋まっていてなかなか見つからない状況。

秋に入り一気に寒さが増し始めていたタスマニアでキャンプ生活はさすがに厳しく、住居が安定しないような精神的にきつい日々を送りたくないという気持ちを強く持ちました。

 

仕事の問題

こちらはVISAの問題とも関係するのですが、私はこの時、オニオンファクトリーで働いていました。(こちらも改めて記事にしたいと思います。)

一応オニオンのシーズンは6月頃まで続くようなので、何も問題が起こらなければ働き続けることができそうでした。(実際に5月現在で稼働し続けているようです)

しかし、ファクトリーの中で一人でもコロナ感染者が出ればファクトリーが稼働停止になる可能性もあるし、農作物であるオニオンが不作で私たちのようなカジュアルワーカーが必要なくなる可能性もゼロではないと考えていました。

もしオニオンファクトリーで働けなくなった場合は別の仕事を探さないといけなく、ピークシーズンでさえ仕事探しはそんなにうまくはいかなかったので、冬になり仕事が減ってくる中での仕事探しは難しいことになることが目に見えていました。

 

また、オニオンファクトリーで働いていた理由は、

 

①時給が良い

②ファクトリーのみんな良い人

③セカンドビザが取れる可能性がある

 

という点であったため、コロナの影響がある中で残ってでも私がすべきことではないのではないかと感じたことが大きな理由となりました。

 

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まとめ

大きく分けてこの3つの点を理由に帰国を決断しました。

正直、仕事と住居がその時点で確保できている状態だったのでオーストラリアに滞在し続けることもできました。

しかし、今回の世界的な大きな出来事が起きている中、精神的にも肉体的にも不安定な状況が続く状況の中でどうしてもしたいことがワーホリかと言われたらそこまでの強い意志はなかったので、安全・安心を選び帰国を決めました。

帰国後は自主隔離生活を2週間送った後、実家に戻りました。

 

突然終わってしまったワーホリですが、まだまだやってみたいこと、いってみたい場所がたくさんありました。しかし当初目的としていたことはけっこう達成することができたと思っているので後悔はありません!

いろんな気持ちがありますが、今回のコロナのことで感じたことは、

 

「やりたいと思ったことがやれる環境にあるときはその時にやる。また今度はない。」

 

やりたいと思うことを実際にできることって本当に恵まれていることだと感じました。

当たり前が当たり前でなくなってしまった今、やりたいこと、やれること、やらないといけないこと…今自分が何をすべきなのか考えさせられる毎日です。

 

 

トータル10か月のオーストラリアでの生活。

メルボルンタスマニアの2都市に滞在して、最初はオーストラリアにはもう来ないかなーなんて思ってしまった時もありましたが(笑)、今では思い出がたくさんある特別な場所になりました!

 

次の記事からは、メルボルンタスマニアでの生活を記録に残すと旅行記のようなかたちで更新していきたいと思っています。

※分かっている情報は更新していけたらと思いますが、私の体験した時の状況とコロナの影響後で変わってしまっていることもあるかもしれないことをご了承ください。